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「EVのすべて」

VOL.4 EVの時代が来ると確信した瞬間

EVに関する基礎知識や、開発者インタビューによる専門的な内容をお届けする「EVのすべて」。第4弾となる今回からは、三菱自動車で電気自動車の研究開発をおこない、i-MiEVの開発にも深く関わったMiEV技術部 吉田裕明が、電気自動車開発の歴史やi-MiEVの秘密について語ります。今回は、電気自動車やi-MiEV誕生の歴史についてお伝えします。

※2009年8月時点の記事です。

三菱自動車のEV開発の歴史

電気自動車の研究は、いつ頃から始まっていたのですか?

1966年から電気自動車の開発をスタートしています。その頃は、まだ三菱自動車ではなく三菱重工の時代でしたね。90年代前半までは、主に電力会社向けとして、発電所や営業での使用を目的とした車両を開発していました。
私が引き受けたのはその後、1994年です。それまでの電気自動車は鉛電池を使っていました。しかし鉛電池は、なかなか航続距離を伸ばすことができないし、電池をたくさん積む必要があるために車両が重くクルマとしての性能が出せません。そして、市販車とはいえ試作車のような作りの車両だったので値段も高いものでした。私が引き受けたのはリベロEVというクルマだったのですが、鉛電池を使った最後のクルマで、値段はなんと1,123万円。その当時三菱の最高級車だったデボネアよりも高かったんですよ。リベロEVは合計36台販売したのですが、電力会社や官公庁向けで、一般向けではありませんでした。

リチウムイオン電池の登場がEVを進化させた。

リベロEVでは性能的に無理がある。コスト的にも無理がある。それ以前に、普通に使えるクルマになっていないじゃないか、という思いがありました。とにかく搭載するバッテリーを小さくして、クルマとして普通に使えるようにしたいと考えていたのです。
私がEVに関わり始めた頃、携帯電話用としてリチウムイオン電池が出はじめました。そのリチウムイオン電池をなんとかクルマに使えるようにしようと、社内で奮闘していましたね。
社内ではじめてリチウムイオン電池を積んだEVは、シャリオをベースにしたもので、1995年に「三菱HEV」という名前で公表しました。
「三菱HEV」は、リチウムイオン電池を搭載することによって、バッテリーでの航続距離を60マイル(約96km)まで伸ばしました。最初はEVとしてバッテリーで走り、バッテリーがなくなるとエンジンで発電機を回して走るという、いわゆるプラグインハイブリッドの先駆けでしたね。

三菱自動車電気自動車開発の歴史

三菱HEVは、実際に走るクルマだったのですね。

1995年11月の東京モーターショーに出展したあと、カリフォルニアの環境庁の試験を受けました。その頃カリフォルニア州は大気汚染に苦しんでいて、ZEV法案(7大メーカーは2003年までにカリフォルニアで販売する車の10%を排出ガスの出ないクルマにしなければならないという法案)が進行していました。そこで、我々も実証試験をおこなったのです。
地球温暖化の問題や石油資源枯渇の問題などを考えると、これからは環境面からの後押しで、電気自動車がモノになっていくと確信していました。

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